日本ロッシーニ協会会長 水谷彰良さんによる「泥棒かささぎ」解説

日本ロッシーニ協会会長・水谷彰良さんに、オペラ「泥棒かささぎ」を詳しく解説していただきました。
25歳のロッシーニが、なぜこのようにシリアスな台本を採用したのか。
悲劇的な運命に直面しても、決して取り乱すことのない可憐な主人公ニネッタの心を、音楽が映し出す瞬間とは。
ぜひご一読ください。

ハッピーエンドをもつ悲劇 ──ロッシーニ《泥棒かささぎ》

水谷彰良(日本ロッシーニ協会会長)

 ジョアキーノ・ロッシーニ(1792-1868)は、デビュー作《結婚手形》(1810年)から37歳で初演した《ギヨーム・テル》(1829年)まで20年間に39の歌劇を作曲した。オペラ・セリア《オテッロ》とオペラ・ブッファ《チェネレントラ》に続く《泥棒かささぎ》は21作目に該当し、冤罪で死刑判決を受けた主人公が最後に救われる筋書きからセミセリアの救出劇と位置付けられる。台本はルイ=シャルル・ケーニエとテオドル・ボドゥワン・ドービニ共作《泥棒かささぎ、またはパレゾーの女中》(1815年パリ初演の歴史的メロドラム)を下敷きに、1815年までイタリア王国の官報『イタリア新聞』の主幹を務めたジョヴァンニ・ゲラルディーニ(1778-1861)が作成した。

 原作劇はパリ近郊パレゾーを舞台に、盗みの疑いで小間使いが処刑された後に鳥の巣で銀食器が発見されて無実と判り、同地の教会がその死を悼んで“かささぎのミサ”を行うという史実──現在は民間伝承とされる──に基づいて作られ、ゲラルディーニはこれを翻案して《裁判官たちへの警告》と題し、1816年のミラノ・スカラ座オペラ台本コンクールに応募していた。その作劇がアリアと重唱で劇を進める従来型のオペラとは異なるアンサンブル中心であるのは、「現代の趣味に即してアリアよりもコンチェルタートを豊富にする」「斬新さとスペクタクルの壮麗さを結び付ける」といったコンクールの要綱に沿った選択である。ゲラルディーニの台本は落選したが、スカラ座から新作を求められて1817年3月にミラノ入りしたロッシーニは事前に用意されたコミカルな台本をしりぞけ、「最高に美しい題材」の《泥棒かささぎ》を選び(母宛の手紙、3月19日付)、序曲と16曲からなる3時間の大作を2カ月半で完成した(レチタティーヴォ・セッコのみ不詳の協力者が作曲)。

 デズデーモナの殺害とオテッロの自害を舞台で描く《オテッロ》(1816年12月4日ナポリ初演)、みじめな境遇の娘が善良な心で王妃となるシンデレラ物語《チェネレントラ》(1817年1月25日ローマ初演)により新境地を拓いたロッシーニは、一羽の鳥(かささぎ)が鍵となって処刑が回避される直前までシリアスであり続ける物語に新たな表現可能性を見出した。超絶技巧のアリアや滑稽シーンなしに観客の関心を持続させる劇と音楽の高次の統合がそれで、軽快な旋律やリズミカルな音楽を用いてもドラマとの間に齟齬はなく、感情を際立たせる工夫をしている。浮き立つ付点音符の音楽を基調とする第1幕フィナーレの中でイザッコの証言にショックを受けたジャンネットがニネッタに「きみが犯人なのか」と問い、高い変ロ音から下降しながら「潔白を信じていたのに」と歌う短調の旋律もその一つで、誰もが瞬時に胸を打たれるだろう。

 愛する人の誤解や死刑を宣告されて狂乱するロマン派のヒロインとは異なり、脱走兵となった父をかばうニネッタは寡黙を貫き、悲嘆のアリアで観客に心情を吐露することもない。そんな可憐な姿に優しく寄り添うロッシーニは、十字架の形見をピッポに渡す二重唱の中間部を美しいハーモニーで彩り、カバレッタに序曲のアレグロを用いて音楽に秘められた劇的真実を明らかにする。歌詞や劇的状況と音楽の結びつきは字幕からご理解いただけるとしても、ロッシーニが感情を抽象的な観念に高めて示し、歌手が自由な装飾や変奏でその意味を強めることは覚えておく必要がある。

 1817年5月31日にスカラ座で行われた初演は大成功を収め、ロッシーニは母宛の手紙に「神々しい序曲から熱狂が始まるなんて前代未聞」「第1幕の後、ぼくはものすごい騒ぎのなか舞台に呼ばれました」「第2幕は最初の音から最後まで熱狂の連続でした」と報告した(6月3日付)。スカラ座の最初のシーズンで27回上演された本作はただちに流布し、国外でも同年11月ミュンヘンを皮切りに、4年後の1821年にはサンクト・ペテルブルク、ロンドン、パリでそれぞれの国における初演がなされた。ペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティバルでは1980年8月28日の記念すべきオープニングにこの作品を上演し、日本初演は2008年に藤原歌劇団が行った。ミラノ・スカラ座は2017年、リッカルド・シャイーの指揮で初演200年記念公演を行っている。

 リアリズムを重視するプッチーニが同じ題材をオペラ化すれば、ニネッタをトスカや蝶々さんと同じ悲劇のヒロインにクローズアップするだろう。けれども古典派の作曲家ロッシーニはそうした描き方をせず、父の窮地が明らかになる第1幕の三重唱、第2幕牢獄の場のピッポとの二重唱、フィナーレ冒頭の処刑台への行進を通じて彼女の過酷な運命に光を当て、悲劇性を高めていく。最も感動的な音楽が合唱とニネッタのソロを伴う処刑台への行進で、長調の短い祈りも含めてショパンの葬送行進曲(ピアノ・ソナタ第2番、第3楽章)の原型となっている。周辺人物では最初にニネッタの盗みを疑いながらも徐々に心を開き、彼女を娘として迎えさせてくださいと神に祈るルチーアが重要である。それゆえ急転直下の解決に続いて各人物が旋律を変奏して歌い継ぐアンサンブルの締め括りを持ちながらも、このオペラはアルベルト・ゼッダが断言するように、裁判のシーンと葬送行進曲でクライマックスを迎えて究極の意味に達する“ハッピーエンドをもつ悲劇”なのである。コロナ禍や圧制と暴力で罪なき人々が命を奪われる現代であればこそ、本作の価値と意義はいささかも減じることがないだろう。

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